有本恵子さん拉致被害事件:有本明弘さんの死去と拉致問題の現状
有本明弘さんの死去
有本明弘さんは、2025年2月15日午前0時すぎ、老衰のため96歳で亡くなりました。神戸市長田区の自宅で、親族のみで通夜と葬儀を済ませたとのことです。有本明弘さんは、1983年にイギリス留学を終え、ヨーロッパを旅行中に北朝鮮に拉致された有本恵子さんの父親です。恵子さんの拉致後、妻の嘉代子さんと共に、恵子さんの救出を求める活動を50年近くに渡り続けました。 1997年には拉致被害者の家族会が結成され、全国を回って署名活動や講演活動を行い、被害者の一刻も早い帰国を訴え続けました。 アメリカ合衆国のトランプ大統領(当時)やバイデン前大統領とも面会し、拉致問題の解決への協力を求めていました。2020年には妻の嘉代子さんが94歳で亡くなり、明弘さんは一人になってからも、家族会の会合や集会に出席するなど、活動を継続していました。 恵子さんの65歳の誕生日である1月12日には、自宅でケーキや赤飯を用意して祝っており、「もうちょっと、待っとけ」と恵子さんへのメッセージを残していました。しかし、娘との再会を果たすことなく、生涯を終えることとなりました。長男の隆史さんは記者会見で、「再会を果たすことなく亡くなったことは残念でなりません」と述べ、長年の支援への感謝を述べています。 四女の郁子さんは、明弘さんが亡くなる数日前に「恵子のことは残念だったが、きょうだい仲良く暮らしていけよ。自分は家族に囲まれて幸せな人生だった」と話していたと明かしました。 遺族は、恵子さんへのメッセージとして、「父と母が亡くなりましたが、私たちきょうだいはまだ元気でいます。家族をはじめ、日本国民みんなが待っているということを伝えたいです。」(五女の絵美さん)、「今から私も北朝鮮に行って連れて帰れるものなら連れて帰ってやりたいと思いますが、それはできないことなので、とにかく頑張って生きていてください。」(長女の昌子さん)といった言葉を述べています。
拉致問題の現状と家族の思い
政府が認定している拉致被害者のうち、安否がわかっていない12人の親で、子どもとの再会を果たせずに亡くなった人は、2002年の日朝首脳会談以降だけでも9人になります。 明弘さんの死によって、健在な親は横田めぐみさんの母、早紀江さん(89歳)のみとなりました。横田早紀江さんは明弘さんの死去について「いよいよ1人に」と悲しみの声をあげています。 拉致問題については、2002年の日朝首脳会談から22年が経過しましたが、いまだに大きな進展は見られていません。 高齢化する被害者家族は、親世代が存命のうちに被害者の早期帰国に向けた政府の取り組みを求めていました。 神戸市長田区の住民からは、「何もしていないのに娘さんを北朝鮮に連れて行かれ、亡くなるまで会うことができず、やりきれない気持ちだったと思います。」(77歳男性)、「北朝鮮が相手では進展は難しかったと思います。娘さんとの再会を果たせずお亡くなりになったことは大変残念です。」(68歳女性)など、明弘さんの死を悼むとともに、拉致問題への強い思いが聞かれました。
有本恵子さんの拉致の経緯
有本恵子さんは1983年、ロンドン留学中に行方が分からなくなりました。当時23歳でした。旅行先のデンマークのコペンハーゲンから家族に手紙が届いたのが最後です。 5年後の1988年、同じ拉致被害者である石岡亨さんから札幌市の実家に手紙が届いたことで、恵子さんが北朝鮮にいることが明らかになりました。手紙には恵子さん自身と赤ちゃんの写真が同封されており、「事情があって北朝鮮に長期滞在するようになりました。有本恵子くんともども、助け合ってピョンヤンで暮らしております」と記されていました。 2002年3月、北朝鮮に渡ったよど号ハイジャック事件の実行犯の元妻が、有本さんの拉致に関与したと法廷で証言しました。同年9月の日朝首脳会談で、北朝鮮は初めて有本さんの拉致を認めましたが、「石岡さんと結婚し子どもも産まれたが、1988年11月、一家でピョンヤンの北にある招待所に移った翌日に、暖房用の石炭ガス中毒で家族全員が死亡した」と説明しました。しかし、これを裏付ける証拠は提示されず、政府は北朝鮮の説明に疑問を抱いています。
トランプ大統領からの手紙
2019年、当時1期目だったアメリカのトランプ大統領から、拉致問題の解決に向けた姿勢を示す手紙が有本明弘さんのもとに届きました。 これは、有本明弘さんが2017年と2019年に来日したトランプ大統領に面会した際に、解決への協力を求める手紙を渡したことに対する返事です。手紙には直筆のサインとともに、「拉致問題解決のために尽力しています。あなたはきっと勝利する」と英語で記されていました。 有本明弘さんは手紙を受け取った際、「トランプ大統領に気持ちが通じたと感じ、感動して涙が出た。ここまでしてくれるのはありがたい」と語っていました。
家族会代表からのコメント
拉致被害者家族連絡会代表の横田拓也さんは、有本明弘さんの死去を受け、「恵子さんに会わせてあげたかった。本当に残念です。ご冥福をお祈り申しあげます。日本政府は速やかに日朝首脳会談を行い、全拉致被害者の即時一括帰国を実現してほしい」とコメントを発表しました。石破首相も「本当に残念だ」とコメントし、拉致問題の解決に全力を尽くすことを改めて強調しています。