オルツ AI最新動向2024:生成AI技術の革新と問われる経営責任の全貌
はじめに
近年、人工知能(AI)技術の進化は目覚ましく、私たちの社会やビジネスに革命的な変化をもたらしています。特に生成AIや大規模言語モデル(LLM)の分野では、日々新たな技術が発表され、その応用範囲は広がる一方です。この活気あるAI業界において、株式会社オルツ(alt Inc.)は、パーソナル人工知能(P.A.I.)の開発を最終目標に掲げ、革新的なAIソリューションを提供してきた日本のスタートアップ企業として注目を集めてきました。
オルツは、「個人の記憶の永遠化・意思の再現・個人の価値の最大化により自律社会の実現を加速させるパーソナル人工知能」の開発をミッションに掲げ、「労働(Lavoro)から解放され、アーティスティックな営み(Opera)に没頭できる世界の実現」を目指しています。 その取り組みは多岐にわたり、AI議事録サービス「AI GIJIROKU」や独自の大規模言語モデル「LHTM」シリーズ、さらにはデジタルクローン技術などを展開してきました。
しかし、2025年7月末には、オルツに関する重大なニュースが報じられました。それは、過去数年間にわたる売上高の大規模な過大計上と、それに伴う経営陣の刷新です。 この衝撃的な事実は、オルツの事業展開と信頼性に大きな影を落としています。本記事では、この最新の経営問題に深く切り込みつつ、オルツがこれまで取り組んできた画期的なAI技術開発や、今後の展望について網羅的に解説してまいります。
オルツ、大規模な売上過大計上と元代表の辞任で信頼揺らぐ
2025年7月28日、株式会社オルツは、同社が設置した第三者委員会の調査報告書を公表し、過去の決算において大幅な売上高の過大計上が判明したことを明らかにしました。 このニュースは、AI業界のみならず、日本のスタートアップ界全体に大きな衝撃を与えています。
判明した不正会計の詳細と影響
第三者委員会の調査によると、オルツは2020年12月期から2024年12月期までの期間において、約119億円もの売上高を過大に計上していたことが判明しました。 この金額は、報告された売上高の最大9割に達するとされており、実態とはかけ離れた虚偽の財務状況が長らく公表されていたことになります。
この過大計上の主な手口は、「AI GIJIROKU」のライセンス販売を巡る「循環取引」であったと指摘されています。 具体的には、オルツが販売パートナーに対してライセンスを販売したように見せかけ、その購入費に相当する金額以上の資金を、広告宣伝費や研究開発費などの名目で販売パートナーに提供し、最終的にその資金を原資として売掛金を回収するというものでした。 このような実態を伴わない資金の循環によって、見かけ上の売上が膨らまされていたのです。特に2021年度には売上高の78%、2022年度と2023年度にはそれぞれ91%、そして2024年度は82%が過大に計上されていたとされています。
この不正会計が明るみに出たことで、「AI GIJIROKU」の有料アカウント数にも大きな乖離があることが判明しました。2024年12月期に公表されていた有料アカウント数は2万8699件でしたが、2025年7月時点での実際の有料アカウント数は5170件にとどまっていたとのことです。 これは、公表されていた数字がいかに実態と異なっていたかを示すものであり、サービスの利用実態や市場におけるポジションに関する認識を大きく変えるものです。
東京証券取引所による「監理銘柄(審査中)」指定
この大規模な過大計上を受け、東京証券取引所はオルツの株式を「監理銘柄(審査中)」に指定しました。 監理銘柄への指定は、企業が上場廃止となる可能性のある場合に適用される措置であり、投資家や市場関係者に対し、その企業の財務状況やガバナンス体制に重大な懸念があることを警告するものです。オルツは2024年10月に東証グロース市場に上場したばかりであり、わずか1年足らずでのこの事態は、今後の上場維持に暗雲を投げかけています。 今後、オルツは有価証券報告書などの訂正提出やガバナンス改善の進捗状況に基づいて、東京証券取引所による審査を受けることになります。
経営陣の刷新と今後の対応
不正会計の責任を明確にするため、元代表取締役の米倉千貴氏が2025年7月28日付で代表取締役社長および取締役を辞任しました。 米倉氏は、元代表取締役としての責任の重大性を認識し、辞任を判断したと述べています。 第三者委員会は、米倉氏の関与も指摘しており、今後、新体制のもとで抜本的な組織改革が進められる予定です。
オルツは今後、第三者委員会の報告内容を踏まえ、該当する決算の訂正、有価証券報告書の再提出、ならびに再発防止策の策定を進める方針です。 これらの対応を通じて、失われた信頼を回復し、企業の持続的な成長を実現できるかが問われています。
BytePlusとの生成AI事業提携で国内DXを推進
このような経営上の大きな課題に直面する一方で、オルツは技術開発や事業提携といった面では積極的な動きを見せてきました。その一つが、2025年4月15日に発表されたBytePlusとの日本市場における生成AI事業提携です。
BytePlusは、人気動画アプリTikTokなどを運営するByteDance傘下の企業で、高性能な機械学習プラットフォームやAI技術を提供しています。 オルツとBytePlusの提携は、「alt GPU Cloud」と「BytePlus MLP(機械学習プラットフォーム)」の融合を通じて、国内企業のAIトランスフォーメーションを推進することを目的としています。
「alt GPU Cloud」は、オルツが手掛ける次世代データセンター事業であり、生成AIの開発や運用に必要な高性能なGPUリソースを提供します。 これとBytePlusの持つ機械学習プラットフォームを組み合わせることで、日本企業はより効率的かつ強力な生成AIの開発・導入が可能になると期待されています。この提携は、生成AIの社会実装を加速させ、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を強力に支援するものです。
「AI GIJIROKU」の進化と利用企業数の実態
オルツの代表的なプロダクトの一つが、AIを活用した議事録作成サービス「AI GIJIROKU」です。 このサービスは、会議の音声を自動でテキスト化し、議事録作成の効率化を図るもので、多くの企業に導入されてきました。
2025年3月31日の発表では、「AI GIJIROKU」の利用企業数が同年1月に9,000社を突破したと報じられました。 オルツはこのサービスを「企業・組織の集合知AIとして、ビジネスコミュニケーションツールとしての存在感をより強固に」するものと位置づけていました。 しかし、前述の売上過大計上問題の調査報告書により、2024年12月期に公表されていた有料アカウント数2万8699件に対し、2025年7月時点での実際の有料アカウント数が5170件であることが明らかになりました。
この大幅な乖離は、表面上の利用企業数と実際の収益に繋がる有料契約数の間に大きなギャップがあったことを示唆しています。不正会計が「AI GIJIROKU」のライセンス販売を巡る循環取引によるものであったことから、このアカウント数の実態も、過去の公表値が実態を伴っていなかった可能性を強く示しています。 今後、オルツは「AI GIJIROKU」の実際の価値と市場での立ち位置を改めて評価し、真に持続可能なビジネスモデルを再構築していく必要に迫られるでしょう。
独自LLM「LHTM」シリーズの最新動向と技術的優位性
オルツは、パーソナル人工知能(P.A.I.)の開発に向けた基盤技術として、独自の大規模言語モデル(LLM)「LHTM(ラートム)」シリーズの研究開発に注力してきました。 そして、2024年10月29日には、軽量型LLM「LHTM-OPT」シリーズの最新バージョン「LHTM-OPT2」をリリースし、その技術的優位性をアピールしています。
「LHTM-OPT2」は、日本語RAG(検索拡張生成)の精度を最適化することに特化した軽量型LLMであり、日本語RAG精度において、軽量型LLMで世界最高精度を達成したとオルツは発表しました。 RAGとは、生成AIが外部の知識ソースから情報を検索し、それに基づいて回答を生成する技術で、ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成すること)の抑制や情報の最新性確保に貢献します。
この精度を評価するために、オルツは独自に開発したWikipediaデータからのRAG質問・回答データセット(Wiki RAGデータセット)と、東京大学入学試験の国語科目データセットを用いて評価を行いました。 評価結果では、Wiki RAGデータセットにおいて「LHTM-OPT2」がGPT-4oと同等レベルの91.0%の精度を達成し、GPT-4oの90.8%をわずかに上回りました。 また、東大入試国語科目におけるRAGに関する質問では、GPT-4oの94%の精度を達成したとのことです。 さらに、国内の全ての軽量型LLM(パラメータ数が10B以下のLLM)を上回る高い精度を達成し、「JGLUE(Japanese General Language Understanding Evaluation)」ベンチマークや「Japanese MT-Bench」でも、軽量型LLMとして最高記録を樹立したと発表されています。
この「LHTM-OPT2」の登場は、小規模なGPUマシンでも実用的なLLMの実現可能性を示しており、日本語に特化したAIソリューションの開発を加速させるものとして期待されています。 グローバルなAI企業向けに日本語LLMインストラクションデータサービスの提供を開始したことからも、オルツが日本語LLMの分野で主導的な役割を担おうとしていることが伺えます。
自動オペレーションシステム「alt Polloq」の登場と未来の働き方
オルツは、独自LLM「LHTM-2」を基盤とした自動オペレーションシステム「alt Polloq(オルツ ポロック)」を2024年3月28日に発表しました。 このシステムは、ユーザーのキーボード操作などの行動を学習・分析し、それに基づいて自律的にタスクを実行する能力を持つ、まさに次世代のツールとして注目されています。
「alt Polloq」は、「Personalized Optimized Large Language Operative Query(パーソナライズされ最適化された大規模言語操作クエリ)」の略であり、OSと、Google ChromeやEメール、Slackなどのソフトウェアの間に位置する存在です。 ユーザーの動作や状況を判断し、ユーザーの代行エージェントとして、OSとソフトウェアを必要なタイミングで接続する役割を担います。 さらに画期的なのは、通常のLLMが常に命令を必要とするのに対し、「alt Polloq」はLLM自体が状況に応じて自らプロンプト(命令文)を生成し、コンピューターをユーザーに代わって操作することが可能である点です。 オルツはこの機能を「AAA(Artificial Autonomous Agent;人工自律型エージェント)」と名付けています。
具体的な例としては、「明日の天気を調べる」というユーザーの入力に対し、システムが自動でブラウザを開き、Google検索で天気情報を取得し、結果を報告するといったことが挙げられます。 これらの動作履歴はパーソナルメモリーに記録され、ユーザー一人ひとりの特性に合わせてLLMがよりパーソナライズされた結果を出力するように成長します。 最終的には、ユーザーからの直接の指示がなくても、状況を推論して自律的にタスクを実行できるようになることを目指しています。
オルツは、「alt Polloq」によって「人類の労役からの解放」というミッションの実現を加速させ、日々の業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)と、より豊かな社会の実現に貢献していくと述べています。 このような自動化技術の進展は、ビジネスにおける生産性を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。
P.A.I.(パーソナル人工知能)とデジタルクローン技術の進展
オルツの創業以来の一貫したミッションは、「P.A.I.」(パーソナル人工知能)の研究開発とその実用化です。 P.A.I.は、個人の記憶や思考、さらには行動パターンを学習し、その個人をデジタル上で再現する「デジタルクローン」技術を核としています。
このデジタルクローン技術は、すでに様々な分野での応用が検討・開始されています。例えば、2025年4月7日には、株式会社レスターが第16回 EDIX(教育総合展)東京において、オルツのAIクローンを出展しました。 これは、教育分野のDX推進を目指し、講師や教員の専門性を再現したAIクローンによる学習支援サービスの構築を目的としています。 教員のAIクローンが、生徒一人ひとりの学習進度や理解度に合わせて個別指導を行うといった未来が、現実のものになろうとしているのです。
また、2024年4月3日には、オルツが独自LLMを基盤にした新サービスを発表し、AIクローンを人事採用やM&A(合併・買収)に展開する計画を明らかにしました。 具体的には、AIを活用した自動オペレーションシステム「alt Polloq」と連携し、採用活動における初期スクリーニングや候補者との対話、さらにはM&Aにおける企業間の相性診断といった領域での活用が想定されています。 オルツの記者発表会では、CEOである米倉氏のパーソナルAI(デジタルクローン)が、日本語、英語、中国語であいさつしたり、企業紹介を行ったりするデモンストレーションが披露されました。 これは、個人の思考や言語活動を再現するP.A.I.の高度な能力を示すもので、その可能性を強く印象付けました。
P.A.I.の究極の目標は、「人の非生産的労働からの解放」であり、個人がより創造的でアーティスティックな活動に集中できる社会の実現です。 個人のライフログ(生活記録)をP.A.I.に入力することで、その個人の思考を忠実に再現し、日々の業務やコミュニケーションを効率化するだけでなく、個人の知識や経験を「永続的な価値を生み続ける資産」として活用することを目指しています。
日本語LLMインストラクションデータサービスでグローバル市場へ
オルツは、日本語の大規模言語モデル(LLM)開発で培った知見と技術力を活かし、グローバルなAI企業向けに「日本語LLMインストラクションデータサービス」の提供を2025年3月13日に開始しました。 このサービスは、生成AIの日本市場展開を支援し、高品質な日本語データの供給を通じて、AIモデルの日本語対応能力を向上させることを目的としています。
生成AIが世界的に普及する中で、各言語に対応した高品質な学習データの確保は、その性能を左右する重要な要素となります。特に日本語は、その複雑な文法構造や表現の多様性から、AIモデルにとって学習が難しい言語の一つとされています。オルツが提供するこのサービスは、日本語に特化したデータセットやインストラクション(指示)を提供することで、グローバルなAI企業が日本市場に最適化された生成AIモデルを開発・展開する上で不可欠な支援となるでしょう。
この取り組みは、オルツが日本語LLMの分野で培ってきた専門知識と技術が、国際的なAI開発コミュニティにおいても高く評価されている証拠であり、日本のAI技術が世界に貢献する新たな道を切り拓くものとして期待されます。
その他の注目すべき動向
オルツは、上述の主要な動き以外にも、多岐にわたる活動を展開しています。
展示会への積極的な参加
オルツは、最新のAI技術やソリューションを広く紹介するため、様々な展示会に積極的に参加しています。例えば、2025年4月11日には、NexTech Week 2025で開催された「第9回 AI・人工知能EXPO 春」に出展しました。 こうしたイベントは、企業が自社の技術力をアピールし、新たなビジネスチャンスを創出する重要な場となっています。
「日経クロストレンド 未来の市場をつくる100社」に2年連続選出
オルツは、日経クロストレンドが選出する「未来の市場をつくる100社【2025年版】」に、2年連続で選ばれています。 この選出は、オルツの「P.A.I.」や「AI GIJIROKU」といったプロダクトが、社会に変革をもたらし、新たな市場を創造する可能性を秘めていると評価されたものです。 「新しい市場(新規性)」「売れる(成長期待)」「生活の変化(社会インパクト)」という3つの視点で評価された結果であり、オルツの技術力と将来性が高く評価されていることが伺えます。
「オルツカンファレンス2024 ZEROの衝撃」の開催
2024年3月28日には、オルツ主催のカンファレンス「オルツカンファレンス2024 ZEROの衝撃 〜AIと人。変革か隷属か。~」が開催されました。 このカンファレンスでは、経済学者の竹中平蔵氏をはじめ、東北大学大学院情報科学研究科教授の乾健太郎氏など、国内外で活躍する有識者が登壇し、生成AIが社会にもたらす影響や、人の役割の変化、経済の未来について活発な議論が交わされました。 「ゼロインパクト(人の要らない世界)」というテーマのもと、オルツの目指す「人の非生産的労働からの解放」について深く掘り下げる機会となりました。
まとめ
株式会社オルツは、パーソナル人工知能(P.A.I.)やデジタルクローン技術、そして独自の大規模言語モデル(LLM)「LHTM」シリーズの開発を通じて、AI業界の最前線を走り続けてきました。特に、日本語RAGにおいて世界最高精度を誇る軽量型LLM「LHTM-OPT2」のリリースや、日常業務の自動化を目指す「alt Polloq」の発表は、その高い技術力と革新性を強く印象付けるものでした。 また、BytePlusとの提携や日本語LLMインストラクションデータサービスの提供開始など、国内外での事業展開を加速させる動きも見せています。
しかし、2025年7月末に明らかになった大規模な売上過大計上は、オルツにとって非常に深刻な問題です。約119億円もの過大計上、実態とはかけ離れた「AI GIJIROKU」の有料アカウント数、そしてこれに伴う東京証券取引所による監理銘柄(審査中)指定と元代表の辞任は、オルツの信頼性とコーポレートガバナンスに大きな課題を突きつけました。
オルツは今後、この不正会計問題に真摯に向き合い、決算の訂正、有価証券報告書の再提出、そして抜本的な再発防止策の策定と実行を通じて、失墜した信頼の回復に全力を尽くす必要があります。 技術的な革新性を持つ一方で、経営の透明性と健全性が問われている今、オルツの未来は、これらの課題にいかに対応し、乗り越えていくかにかかっています。 「人類の労役からの解放」という壮大なミッションの実現に向けて、オルツが再び力強い一歩を踏み出せるのか、今後の動向が注目されます。